UP中毒


試合前のウォーミングアップについて
ウォーミングアップを適度に済ませることができず、試合前なのにハードな練習並みに動かなければ気の済まない状態のこと。
選手のみならず、指導者までもがこの中毒に掛かっている場合も多い。

試合会場に行って、いつも感心(?)させられるのは、試合前のウォーミングアップをこれでもかっていうくらいやっている選手がけっこういることです。

普段の稽古と同じか、もしかしたらそれ以上にハードにミットを蹴り込んでいる選手とそのトレーナー。気合入れまくりで滝のように汗を流し、必死でミットを蹴っています。
「次はこれ!」
仲間なのか指導者なのかわかりませんが、次々に指示を出すトレーナーに従って延々と蹴り続ける選手。ひとしきりやってやっと終わったと思ったら、しばらく休憩してまたやり出す。

ホント試合会場に稽古しに来てんの?と聞きたくなります。

もちろん試合に出るのも稽古の一環であり、試合の結果が目的ではないという人も多くいます。しかし、試合はそれまでの稽古の成果を試す場ですから、試合中に最高のパフォーマンスが発揮できなければ、試合に出る意味がありません。試合で勝つことを目的にしているのならば尚更です。

試合前にバテるほど稽古してどうするんですか。

「試合までに時間があるから充分回復できるよ。」という人もいますが、生理学的に間違ってます。体内のエネルギーの元であるATPの再生や、そのために必要な食事からのエネルギー補給などには時間が掛かりますし、筋肉の疲労回復には"時間"単位ではなく、"日"単位での休息が必要です。
その人の技術がまだ低いレベルに留まっている間は、一旦ハードに追い込んだ後でも休憩すれば試合が出来る程度にまでは回復するかもしれません。しかし、トップレベルになるほど十分な回復期間を置かずには、試合を行うレベルにまで戻ることが出来ません。

それなのに、なぜ試合会場であんなにアップしまくってる人が多いんでしょうか。

それは不安を消すためです。試合の直前になってもまだ稽古が足りないような気がして、動かなければ不安から逃れられないんです。

上に書いたように、それが逆効果なのは明らかなんですが、それをせずにはいられないところに心の弱さが表われています。

その時点で既に負けているようなもんですけどね。

本来は稽古でやってきたことを発揮する場試合であるはずなんですが、それを忘れて稽古でやってきた以上のことをやろうとするから不安になるわけです。

だいたい試合前に気合入れまくりでミットを必死に蹴り込んでたヤツが、決勝まで残ってたなんてことはまず見たことがありません。

試合前のウォーミングアップは勿論必要です。しかし、やりすぎはいけません。

ハードな練習は試合に至るまでの稽古でしてくるもので、試合の直前には気持ちを落ち着けて集中力を高めた方がずっとよい結果を生みます。

試合前に滝のように汗を流して気合を撒き散らして入るような連中は、そんな自分に酔っているだけです。
「どうだ、オレは試合直前でもこんなに激しい稽古をやっているんだ。だから負けるわけはないんだ。」と、自分に言い聞かせているだけで、実際には試合でのパフォーマンスはかなり下がっているものです。

勿論、その精神的な暗示が功を奏して、たまたま勝つことがあったりなんかすると、次の試合からはもう二度とゆっくり出番を待つことなんかできなくなり、ずーっと動きつづけていることになります。

ウォーミングアップ中毒と言ってもよいでしょう。

本来はそんな選手の焦りを和らげて、最高の状態で試合できるようにしてやるのが指導者の役割なんですが、一緒になって汗を流している(もしかしたら選手以上に?)コーチのなんと多いことか。それどころか逆に、試合の合間に休憩している選手へ
「ミットを持ってやろう。」
などと言って練習に引っ張り出すコーチもいたりします。指導者から声を掛けられれば断れないのに決まっています。そうやってひとしきり汗を流して
今の通りやれば勝てる。」などとエラそうに言っておきながら、試合に負けてしまうと、「試合前にはできていた動きが試合で出なかったなぁ。」などと能天気なことをホザいてます。そうし向けたのは自分のせいなのに、です。

指導する側の安心のために選手を動かしていると言っていいでしょう。
自分の所の選手が、試合前にあまり動いていなくて負けると我慢できないけれど、試合前に必死で動いていた選手なら負けても仕方ないなぁと思えるからです。
こんな指導者の元では選手が大変です。アップで疲れた上で、試合に勝たなければならないんですから。
自分を追い込むという訓練にはなるかもしれませんが、試合自体に出せるパフォーマンスは確実に下がってしまいます。

試合ではメンタル面の方が重要だから、精神的に盛り上げるためには試合前のアップをハードにやった方がいいという選手も確かにいます。
しかし肉体面では確実に消耗しているわけですから、できるなら試合直前に疲れる程動かなくても試合に臨めるようにメンタルトレーニングをやっておくべきです。

それが自分を高める稽古というものです。目の前の試合の出来だけを考えるから試合直前に気持ちを高めるために必要以上のアップをしなくてはならなくなるんです。

試合は稽古の出来を「試し合う」場であり、試合直前に付け焼き刃で稽古したことは何の役にも立たないということを、もう一度しっかり認識するべきではないでしょうか。



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