上達するために
基本の繰り返し
素質がなくてもうまくなれる
たくさんの道場生がいたら、その中で多くの相手と組手をしていれば、素質のある者は打撃のコツや間合いの感覚を実践の中で覚えていきます。
素質のある者は、いわば勝手にうまくなっていくのです。
例えば、1000人の道場生を集めて、毎日ずっと組手ばかりを繰り返していれば、最後に残った一人が強いのは当たり前です。けれど、それは指導内容によって上達したのではなく、元々強かった奴が多くの組手をする中で更に勝手に強くなっていっただけの話です。
残りの999人は、その1人が強くなるための捨石だったとも言えるでしょう。
この残り999人も上達するようなシステムが無ければ、空手が武道としてこの世の中に存在する意味はありません。
特定の一人を強くするためには、その人に合わせた個別のやり方があるのは当然ですが、同時に、誰にでも当てはまる、上達するためのキチンとしたメソッドがあります。
それが「基本」です。そして、誰にでも共通する「基本」をしっかりと行なうことで、残り999人の誰もが「特定の一人」になることができるのです。
スポーツ新聞の一面にホームランを打った瞬間のバッターの写真が掲載されることがありますが、よく見ると踏み出した足が外に逃げていたり、体が泳いでるように見えるものがよくあります。
静止画ではバランスが崩れているように見えるのですが、動画で見てみると、変化したりタイミングをはずされそうになったボールに、絶妙に体を合わせてボールを捉えているのがわかります。
動画で見れば、全体の動きの中で抜群のバランスを取って打っているのがわかるのですが、その動きの中の一部分だけを静止画で切り取れば、体が泳いでいたり、無理な体勢でバットを振っているように見えるのです。
空手においても同じことが言えます。
突き、蹴りを効かせることのできるヒットポイントはとても狭いのですが、実際の組手の中では相手も自分も動いているので中々思ったところに技は極まりません。その時々で相手に合わせて、バランスの悪い突き蹴りを行なっているように見える事があります。
だからといって、基本の稽古やキックミットを蹴っている時にバランスが悪くてもいいというわけではありません。
野球で言えば、一流の選手ほど正しいフォームでの素振りを繰り返し行なっています。
一流選手が素振りをする時には、踏み出した足、腰の回転、腕の位置、頭の位置などがブレないようにしっかりと軸を作ってバットを振っています。
それが基本です。
変化球に体が泳がされた時も想定しているんだと言って、崩れたフォームで素振りする人など一人もいません。基本のフォームをしっかりと固めた上で、実際の場面では変化したボールに臨機応変に対応しているのです。
予想していたコースに思い通りのボールが来て、理想のスイングで打てる時が無いとは言いませんが、ほとんどの場合、最初の予想から外れたボールに対し、体のバランスを絶妙に調整してボールを捉えているものです。
対応力と言ってもいいかもしれません。
この対応力というものはケガの予防にも役立つものです。
バレーボールではアタックやブロックのためにジャンプした後、着地する時に人の足の上に降りてしまって捻挫することが多いそうです。そんな時に対応力のある選手は足首がねじれた方向へ体を逃がして倒れ、ケガを防ぐことができるのですが、対応力が悪い(= 反応の遅い)選手はそのまま足首がねじれた状態の上へ体重が掛かってしまうために捻挫してしまうのです。
外界の微妙な変化をチャッチして、即座にそれに対応できるかどうかが上級者とそうでない人との違いだと言えるでしょう。
そんな瞬時の対応が自然とできる人は「素質」があると言ってよいと思いますが、それでは、素質の無い者はどうすればよいのでしょう。
そう、基本をするのです。
基本をすることで素質のある人が天性のカンで行なっていたことを、努力で自分のものとすることができるのです。
強くても基本がヘタなのがいるじゃないか、と思っている人も多いかもしれません。
確かに組手がすごく強くても基本がヘタな人はいます。
そういう人は組手をする中で突きや蹴りを効かせるポイントを体感で習得しているのです。いわゆる「素質がある人」です。けれど、そんな人が基本もキチンとできるようになれば、もっと上達するのに違いありません。
素質だけでトップに上りつめたような人が、その後、勝てなくなり、いろんな方法を試したりした挙句、たいてい最後に言い出すのは「基本に帰れ」です。目先のテクニックを追い求めても、結局、すべてに通用する上達の秘訣は基本にあるということに気付く人が多いのです。
だったら最初から基本をしっかりやった方がいいと思いませんか?
ある程度やった後で、基本の大切さに気付いてから修正して上達していくこともできますが、器用な人でも一度身についた基本を正しい形に直すのは容易なことではありません。不器用な人にとっては尚更です。
素質のある人が自然にうまくなった後に、基本に戻って更に上達していくのだとすれば、素質の無い人間は、最初から基本をしっかりとやっていった方が早く上達できるのに決まっています。
素質がある人の練習方法なんかを見ていると、一風変わった方法でやっていたりして、こういう方法で強くなれるんだ、と驚かされるものもあるのですが、それは素質のある人がやるからうまくなるのであって、素質の無い人間がマネをしたって、そう簡単に上達できるものではありません。
素質に恵まれていない者が最も早く上達する方法は、基本を忠実に行なうことです。
正しいフォームで正しい基本を繰り返し行なうことが基本の技を身に付ける最短の方法であり、強くなるための最上の方法でもあるのです。
そして、何より、基本稽古で重要なことは、繰り返しです。
野球でホームランを打つ時のスイングは一振りですが、だからといって練習の素振りを一振りだけで終わりにするということはありません。
何百回、何千回、何万回と素振りを繰り返した末に、本番の一振りがホームランに繋がるのです。
ある程度やったら「もうわかった」「もうできる」と思ってしまう人が多いのですが、それはやり方がわかっただけで、身に付いているとは言えません。
理屈でわかった段階から、何度も繰り返す事で体に覚えこませ、意識せずに自然にその技が出るようになるまで繰り返す事が大切です。
一見、簡単に見える基本を飽くことなく何度も繰り返す事が、強くなるための一番の近道なのだと思います。