加圧トレーニング


武道の稽古にはならない?
最近、加圧トレーニングが脚光を浴びているようです。 加圧トレーニングというのは簡単に言うと、ウエイトトレーニングを行なう時にバンドを使って血流を抑制することで筋肉がハードトレーニングをしているような状態になり、バンドを外した時に一気に血流が増加することによってトレーニング効果を挙げるというものです。
このトレーニング方法を用いることで、重いウエイトを扱えない者でも同等の効果を挙げられることと、軽い負荷でよいので関節への負担が減り、ケガが少なくなるという利点があります。

このように加圧トレーニングは非常に優れた利点を持つため、ボディビルダーのトレーニング方法として開発されたものが、リハビリ時のトレーニングから女性の美容のためのトレーニングにまで広く用いられるようになっています。

さて、ここで問題にしたいのはこの加圧トレーニングが空手の稽古として効果的なのか?ということです。

結論から言うと、加圧トレーニングは空手の稽古にそれほど役立つものではないと私は考えています。 なぜなら、加圧トレーニングは「軽い負荷で」筋トレの効果を挙げることのできる方法だからです。
軽い負荷で効果が挙がるのならそちらの方がいいではないかと思われることでしょう。 それとも鳳雛会は、よくある「ウエイトトレーニングを否定する」流派なのか?と思われたかもしれません。 確かに人によっては空手にウエイトトレーニングはまったく必要ないと言い切る方もおられます。
その理由は、ウエイトトレーニングでつけた筋肉は見かけだけで、実際に使う時に役に立たないからだ、というのです。
しかし、この考え方も一面的なものであり、私は空手にもウエイトトレーニングは必要であると思っています。
同じ技術を持っているならパワーのある方が破壊力があるのに決まっています。 武道にウエイトトレーニング無用論を唱える先生方は、ただ単に筋肉をつけるだけでその力を技術の中に生かせない者が多いことを指して言っているのだと思います。
人が身体を動かすのには筋肉が使われるのですから、キチンと稽古に取り組んでいる人に気の力で相手を吹っ飛ばすことができる!などと思っている人はいないと思いますが・・・

発揮される力の大きさは筋肉の断面積に比例します。
これは医学的には証明されていることで、実験によってわかっています。(約6kg/平方cm)

心理的抑制などにより人によっては身体が大きくても力の弱い人もいますが、筋肉自体が出せる力の大きさは「個人差なく」物理的に決まっていて、その力の大きさは筋肉の断面積に比例します。
つまり筋肉で身体が大きければ力も強いということです。

ということは、
筋肉を大きくすれば空手の突き蹴りも強くなると言える
のでしょうか?

空手の突き蹴りは筋肉を使って身体を動かすものですから、筋肉が大きくなると発揮される力も大きくなり、突き蹴りの力は強くなります。 ただし、筋肉から発揮される力がきちんと突き蹴りに使われれば、の話です。 どんなに筋肉が大きくなり力が強くなってもそれが突き蹴りに使われなければ、見せ掛けの筋肉になってしまいます。

またトレーニングをして筋肉が大きくなると、その反対側の筋肉(拮抗筋)もそれに応じて強くなっていくものですから、突き蹴りの時に拮抗筋の緊張を緩めるという訓練をしていないと、いくら筋肉が大きくなっても発揮されるパワーは大きくならないという結果になります。
つまり見かけだけがでかい着ぐるみの筋肉を着ているみたいなものですから、「あんな筋肉は『ワタ』だよ。」と言われることになってしまうのです。

筋肉を鍛えて大きくした後に、突き蹴りの時にその力を発揮できるように稽古することが重要なのです。

いくら筋肉が大きく強くなっても、拮抗筋も強くなって動きの邪魔をすることになると、突き蹴りのパフォーマンスはまったく変わらないものとなり、ウエイトトレーニングに掛けた労力と時間はまったくのムダということになります。
それどころか単純な測定でのパワーは上がったのにスピードが落ちてしまい、トレーニングをする前より総合的なパフォーマンスは悪くなっているということさえあります。

筋力の増強が突き蹴りの威力を高めるという前提に立った上で、加圧トレーニングが空手の役に立つのかという観点で見た場合、それはとても有効であると思います。

ただしそれは、初心者、中級者レベルにおいての話であり、上級者クラスのトレーニングとしては不十分であると思われます。
それはなぜか。

加圧トレーニングは「無理なく」筋肉を増やすウエイトトレーニングだからです。

もちろんウエイトトレーニングの効果は基本的には筋肉を発達させることにあるのですが、それ以外にも心理的側面を見逃すことはできません。
自分はこれだけ重いものを持ち上げたのだ、という達成感と、そこに到る苦しいトレーニングを乗り越えたという自信です。

筋肉の発生できる力は生物学的に決まっており、それ以上の力は出すことができません。その力が100%を超えると筋断裂を起こすことになりますから普段の生活の中では100%になる前に無意識にブレーキが掛かり、不用意にケガを起こさないようになっています。
ところが自分の持っている能力の何%で限界を感じるのかは人によって違います

100%に近いところまで力を発揮できる状態が「火事場の馬鹿力」と呼ばれるものです。

自分の持っている能力をどれだけ意識的に発揮できるようになるかが、トレーニングの目的の一つでもあるのです。つまり心理的限界を高くするわけです。
いくら筋肉の力自体を高めても、その能力を発揮できる精神的な強さを見につけなければ役に立ちません。
その点において加圧トレーニングは役に立たないのです。

厳しくてツライ練習の積み重ねを乗り越えることで精神的に強くなり、自分の「脳力」を超えて「能力」を高めるためには加圧トレーニングではダメなのです。 初心者、中級者レベルならば加圧トレーニングで得られた成果は充分に役に立つものかもしれません。しかしレベルが上がれば上がるほど精神的に追い込まれないトレーニングでは本番において効果を期待することができなくなってくるのです。
加圧トレーニングを行なうと軽い負荷でも重いものを上げる時と同じように(いや、それ以上に)苦しくハードだ。だから精神的にも劣ることはないと加圧トレーニングを行なう人は言います。

しかし、それではダメなんです。

例えば、100kgのベンチプレスを挙げることのできる人と同じ筋量を持っていても、ベンチプレスをやったことのない人間が100kgを挙げる事はまずできません。

ウエイトトレーニングをやった人ならわかると思いますが、ベンチプレスで100kgを超えるというのは一つの壁になっています。
ずっとトレーニングを続けていてもなかなか100kgを挙げることができないものです。
ところが一度その重さをクリアできると、その後は挙上できる重さがトレーニングに従ってドンドンと上がっていきます。
120kgくらいまで挙がるようになると、なぜ100kg程度の重さが挙がらなかったのか不思議に思えるくらいです。
これは筋肉の発達よりも心理的な限界を超えることが難しいことを表わしています。 正しいトレーニングと栄養補給を続ければ、ほぼ確実に筋量は増えていくのですが、挙上できる重量の場合、100kgのように一つケタが変わるようなところではなかなかそれを突破することができません。心理的限界というものです。

加圧トレーニングでは血流を抑制することで体がハードトレーニングを行なったと勘違いしてホルモン量が増え、バンドを外した時に一気に血流が回復したことで筋肉の再生が促進されたとしても、実際に上げている重さは「軽い」ということは、自分が一番理解しているのです。ですから心理的な壁を乗り越えているとは言えないのです。

挙上重量のような直接的な力についてだけではありません。試合中に疲れて身体が動かなくなっても、「いや、まだ行ける!」と頑張ることができるのは、つらい稽古をやり遂げている自信があるからなのです。
だいたい試合の時間の中で身体能力を全て使い果たしてしまうなんてことはまずありません。ほとんどが自分の形勢不利に合わせて心が先に折れてしまうものです。

アゴに蹴りをくらってダウンしてしまうのは脳が振られるため、仕方ないといえますが、ローキックを何発ももらってダウンするのは気持ちが負けているのです。
もちろん、腿の筋肉が断裂するような破壊力のあるローキックをくらって立てなくなることもありますが、それが片足ならばまだ立っていられるはずです。両足とも腿の筋断裂を起こすまで踏ん張って立っている選手を私は見たことがありません

武道の世界では精神的に強くなることが求められます。見た目の筋肉の大きさやデフィニション(輪郭の明確化)は関係ないのです。
もちろん技術の上達において筋肉の発達が必要な部分もありますが、現代において武道に求められていることは精神的に向上することではないでしょうか。
苦しく、つらい稽古を乗り越えることによって自分自身が強くなることが必要とされるのです。
その点において、 筋肉を発達させることを優先させ、心理的な壁を乗り越えることは2次的なものとなる加圧トレーニングは効果が薄いと言えるのです。

武道で求められる筋肉は見た目が大きなものではなくて、使える筋肉であるかどうかです。
先に述べたように、使える筋肉であれば大きいに越したことはありません。しかし、筋肉を大きくすることよりも、そのトレーニングの過程でどれだけつらく苦しい稽古を乗り越えてきたかということが重要になってくるのです。

誤解がないように繰り返しておきますが、加圧トレーニングは筋肉を発達させるのには非常に有効なトレーニング方法です。 ただ、それによって得られた筋肉を使えるようになるかどうかは、技術的な訓練が不可欠ですし、試合などの中で追い込まれた状況でも踏ん張って頑張れるかどうかは、精神的な要素の方が大きくなるということです。

以上のことから、武道を専門に行っている方にとっては、加圧トレーニングを行なう時間があるのならば、技術的な稽古に時間を割いた方がよいし、ウエイトトレーニングをするのならば、単純なウエイトトレーニングで、苦しいけれど「やり遂げた」という達成感を得ることの方が有効であると私は考えています。


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