いんぎんぶれい


慇懃無礼


失礼だと気付くべき
 慇懃無礼という言葉を知っているでしょうか。うわべは丁寧に見えて、実は尊大な態度を取っているという意味です。

 武道における試合会場の観客席は武道を学んだ成果を多くの人々に見て-もらう-ためのものであって、見て-いただく-ためにあるのではない。
 このニュアンスの違いがわからない人には私が言っている内容が全く理解できないと思います。
 けれど、苟も「武道」を学んでいるのであれば、この違いを知るべきであるし、知ったからには実践していくべき内容だと思います。

 空手の試合は芸能の出し物ではありません。試合観戦が有料であっても、それが大会運営に必要不可欠であるならば、観に来てもらう方々にその負担の一部をお願いする事があってもよいとは思いますが、その額が他のエンターテイメント興行と変わらぬ額を徴収し、少なからぬ収益を上げているのならば、もはやそれは武道ではないと言ってよいでしょう。

 そんな興行としての大会を開いている団体が運営している試合では、選手にとって「礼」をするのは「正面」だけでなく、回りの観客になるのです。ですからプロボクシングでリングに上がった選手が四方に頭を下げるのは、観客がファイトマネーとなる入場料を支払ってくれているからであり、「お客様」に対して礼をしているわけです。
 それと同じように空手の選手が試合コートの上で四方すべてにペコペコ頭を下げて回るのは、見ていて情けなくなります。恐らくそういった選手はプロとして活躍している人を見て、同じようにするのが正しいと思い込んでいるのでしょう。

 武道として礼をする必要があるのは、試合コートの中を「道場」として見立てるので、まず「正面に礼」があり、試合を裁いてくれる「主審に礼」を行い、対戦相手に敬意を示す「互いに礼」があるのです。
 その気持ちを持って試合するからこそ、武道が「礼に始まり、礼に終わる」と言われる所以なのです。

 ところが最近では試合を運営する側に「武道」の意識が薄れてきているようで、あちこちペコペコ頭を下げていれば「礼儀正しい」と勘違いし、審判にまでそれを強制しているところがあるようですが、これも恐らく「他の大きな大会でもやっているのだから、そうするのが正しい」と思い込んでやっているのだと思います。

 審判団が交代する時に「正面に礼」の後、反対へ振り返って「後方に礼」をする理由をキチンと説明できる人はどれだけいるのでしょうか。
 後方にいるのは観客であり、その観客に対して礼をしていることになります。自分が武道として空手に取り組んでいるのであれば、そんな事は恥ずかしくてできないのではないでしょうか。

 自分の道場で稽古を始める時に「正面に礼」をした後、反対側の下座に全員を向かせて「礼」なんてしているところはないと思いますけどね。

 やっている本人からすれば、礼儀正しくしているつもりであり、「丁寧にやって何が悪い!?」と思っているのでしょうが、何でもかんでも丁寧にすればよいというわけではありません。

 不必要に丁寧にするのは「慇懃無礼」であって、相手に対して失礼な事なのです。
 この場合の相手は、「正面に礼」の「正面」であり、それを後方の観客と同じ扱いにしているのですから、空手道の精神そのものに対して「無礼」だと気付かなければいけません。
 丁寧にすればそれが正しい、と思い込むこと自体「礼を失している」「無礼」な事なのです。

 更に、最近ではセコンドに付く人間にまで選手と共に礼をしろなどという馬鹿げたルールを制定している大会もありますが、
大きなお世話です。

 自ら進んで相手に礼をするのは何もおかしい事ではありませんが、強制にした瞬間から形式的なものへと変わってしまい、それは武道から自発性を奪ってしまうことになります。

 何にでも細かくルールを定めてそれに従わせようなんて、本来の武道からは掛け離れたものだと思います。
 武道は自主、自立の精神を育むものであって欲しいと思います。


inserted by FC2 system