居残り稽古


やらない理由
本来の稽古時間が終わった後に、居残りで稽古をする人はどこの道場でもけっこういると思います。残って更に稽古するのだから感心なことだと言えそうですが、私は居残り稽古を薦めません

稽古し足りない分を補いたいという気持ちはわかりますが、居残り稽古をしないのには理由があります。

もちろん初心者の間は覚えなければならないことが多く、物理的な必要時間は長くなります。しかし、本来の稽古時間が終わった後、余分に稽古するためにそんなに長く時間を取ることはできません。 そのほんの短い時間を最後に少しやったくらいで、稽古全部が充実したような気になるのがよくないのです。

特に試合に出るような上級者の場合、本来の稽古が不十分なまま、最後に居残り稽古をして少し息を上げただけで、自分がたっぷり稽古したような 錯覚に陥って満足してしまうと、結局レベルは上がっていないので、当然ながらよい結果を残すことはできません。

本来の稽古を終わった後に不完全燃焼したような気持ちが残ったのなら、自分の稽古のどこがいけなかったかを反省し、次の時にしっかりと稽古するべきです。

サッカーの日本代表監督を務めていたオシム監督の指導法も、居残り練習をさせないものだったと聞いています。トップクラスの選手が全体練習の後に、残ってシュート練習をしていたらオシム監督から怒られたそうです。
決められた時間の中で集中して全力を出し切ることが大切だからです。

稽古している場所にしても、道場を借りている場合は時間の制限がありますし、常設道場にしても他の稽古のクラスが組んであるのですから、全体の予定時間があります。

試合を控えた選手が最後の調整を残ってする場合も多いのですが、内弟子などが四六時中稽古しているのとは違い、決められた時間に仕上げられないというのは、きちんと調整できていないということです。

私の師範が言っていた言葉に
「息が上がってからが稽古だ。」
というものがあります。

一旦呼吸を整えてからもう一度動くというのは、技術の習得方法としては有効ですが、試合に向けてのトレーニングとして見た場合、あまり意味がありません
息を上げて、それからがトレーニングになるのですから、全体の稽古が終わった後の短い時間では、試合の為の稽古にならないのです。

長い時間ダラダラと稽古するより、短時間に集中して稽古することが重要です。
どんなにレベルの高い稽古をしていたとしても、休憩して回復してから続きをやるのでは試合用としては意味が無いのです。

そうは言っても、全体の稽古では初心者や中級者も一緒に稽古しているのだから、同じ稽古をしていたらレベルが下がるのは仕方ないと思っている人も多いでしょう。

そこで上級者が下の者と一緒に稽古する時の注意点を挙げておきます。

一、形だけになっていないか?
上級者は、当然ながら基本がある程度できているものですから、基本稽古を準備運動ぐらいのつもりで流してしまっていることが多くあります。
しかし、誰もが知っている空手界の大御所でさえ、亡くなる直前まで
「まだ握りについて悩んでいる」と言っていたくらい、基本は奥が深いものです。

基本は形ができて終わりではありません。レベルが上がればそれにつれて基本も研ぎ澄まされていかなければなりません。
基本を正しく行なおうとしたら、非常に高い集中力が求められます。上級者になるほど、基本的なことでも正確なフォームを保つ意識が重要になってきます。

組手をする時も、上級者が足を止めて体を開き、「ヨッシャー、来い」と下の者に打たせている光景がよく見られます。もちろんそういう風に体で受けてやる場合もありますが、動くのが面倒で手を抜いていることが多いのではないでしょうか。
相手のレベルが低いので適当に受け流せるし、身体で直接受けてもそんなにダメージもないでしょう。しかし、それでは自分の稽古になりません
たとえ子供を相手にする時でも、真剣に相手をし、しっかりと攻撃を受け、かわし、技を出す時にはパワーをセーブしながらも、受け返しのタイミングなどは大人と同様に行ってみてください。子ども達が驚くほど速く多彩な攻撃をしていることに気付くはずです。子どもと同じ視点に立って組手をすれば、相手が子どもであっても学ぶべき点は非常にたくさんあるのです。組手をしている形だけになってしまってはいけません。

一、力をセーブしていないか?
基本や型を稽古する時もそうですが、特にサンドバックやミットの蹴り込みをしている時によく見られるのが、パワーとスピードが下がってくることです。
もちろん疲れてくると技の切れや重さが悪くなってくるのは当然です。けれどサンドバックは逃げませんから、ハエの止まるようなチンタラした蹴りであっても当たるまで待っていてくれます。そして蹴りが当たっていることで何となく満足してしまうのです。
しかし、その蹴り、組手で相手がいたとしたら

当たるまで待っていてくれますか?
当たって痛い蹴りですか?

そうでないなら、その蹴りに意味はありません
しんどいけれどオレはがんばって稽古してるぞ、といった自己満足に過ぎません。
時間の無駄です。

息が上がって疲れてきた時に、自己満足に終わらず本当に蹴り続けることができるかどうかが、試合の最後で攻め切れるかどうかの差になります。

基本の時から組手まで、集中して気を抜かずに稽古するのが大切です。途中で適当に力を抜いた稽古をしておきながら、居残り稽古をして自分はすごくやったような気になっている時点で、試合で勝てるレベルには到達していないと言えます。

全員での稽古が終わった後に、試合に向けて更にハードな稽古をしたいと思う人もいるでしょう。道場によって稽古のスタイルやメンバーの構成が異なるので一概には言えませんが、本稽古で試合用としてハードに動いたのならば、居残り稽古は必要ありません。なぜなら、大会用として行なう稽古は、休憩して回復してからでは稽古にならないからです。

まず、一旦、疲労した後は持っていけるピークが下がります
特に上級者やトップレベルになればなるほど、休憩して少し休みを取れば気持ちはできる状態になりますが、身体に疲労は溜まっていきます。体の回復には時間が掛かるのです。

ウエイトトレーニングをした人ならわかると思いますが、筋肉を限界まで使うと回復するのに48時間から72時間は掛かります。最高重量を挙げた次の日にもう一度同じ重さを挙げることはできません。
単純な筋肉の回復と同じ比較はできませんが、身体の回復というのはそういうものです。気合だけで何とかなるものではありません

もちろん、ゆっくり休憩して回復を待ちながらだと、ダラダラと長くできますが、結局、疲労が溜まっていくので一定以上のレベルには到達できません。つまり限界を超えられないのですから、より高いレベルには到達できないのです。
ですから稽古中に回復まで待って、それから続き、というのでは試合用としては意味が無いということです。短時間の休憩を挟みながら時間内にいかに追い込んで、全力を発揮できるかが大事なのです。

それに疲れてからの組手は怪我をする確率が高くなります。

居残りで組手をする場合、当然一人ではできません。相手が必要です。大会を控えた者同士ならレベルも近く、気持ちも集中していますが、組手の相手をするのはその試合には出ない、少しレベルが下の中級者程度の者が多くなります。
本稽古後の居残り稽古は、上級者ならできることでも、初心者、中級者にはしんどいことがあります。
まず、気持ちがあっても身体がついてこないということ。上級者ならある程度身体もできていてハードにできることが、初心者、中級者の場合は無理な場合が多くあります。
逆に若くて元気な者の場合、体は動いても集中力が持ちません。自分では組手に集中しているつもりでも、疲れていると不用意に技をもらってしまうことがよくあります。

どちらの場合も怪我に繋がる危険性があります。

以前に私の道場でのことですが、全日本大会に出ている選手に合わせたメニューで、試合に向けて追い込んだ稽古をして時のことです。その中に、そろそろ全日本大会を照準に入れようかというレベルの選手が、一緒になって懸命に稽古メニューをこなしていた時のことです。
組手の最中に足が攣って動けなくなってしまいました。一旦休憩させましたが、しばらく経つと回復したようで、稽古に戻ります。けれども今度は反対の足が攣ってしまいます。
本人はまた回復を待って組手に戻ろうとしましたが、私はそれを止めました。本人がいくら「動ける」と言っても、やらせると怪我に繋がるからです。気持ちは回復していても身体に限界が来ているのですから、無理をさせても意味がありません
大会を目指しているレベルですから、足が攣ったくらいはたいしたことがないと思っているようですが、ちょっとだけと思うのは間違いで、全体として無理があるのが「足が攣る」ということに現れているのです。
はっきり言えば、まだそのレベルに達していないということなのですが、大会前で気持ちが焦ってしまうのでしょう。稽古したい気持ちはわかりますが、自分のレベルに合わせたものでないと逆効果にさえなってしまいます。

また一般的にスポーツにおいては技術練習に、体力稽古で行ないます。疲労した身体でスキルトレーニングをすることはできないからです。 疲労した状態ではフォームを正確に保つことができず、正しい体の使い方をマスターできないからです。
ですから、疲れた身体で居残り稽古をして技を覚えようとしても「労多くして、益少なし」なのです。

では、どのような場合も
居残り稽古はダメなのでしょうか?
いいえ、そんなことはありません。

稽古には、休憩無くハードにやるものと、ゆっくり時間をかけてやるものがあります。 試合用のラッシュ・スタミナ稽古前者で、基本や型を覚えるのには後者が適しています。

初心者は技を覚えるのに時間が掛かかりますから、居残りで繰り返し技の確認をするのはOKでしょう。型を覚えたりするのも時間を必要とするので、居残り稽古は有効です。
また、若手と年配者が一緒に稽古していた場合、若手に体力的な余裕のある時には、動き足りない分をミット蹴りする程度ならしてもよいと思います。

ただし本稽古中に手を抜かない事が第一です。最後の居残り稽古だけで満足してしまうのがいけないのは上級者と同じですし、居残り稽古がハードだから体力を残しておこうなどと考えるようになれば本末転倒です。

組手に関しても、下の者が、実力差のある上の者に相手をしてもらうのはかまいません。上の者が十分に余裕を持ってさばく事ができるので、怪我をする可能性が低いからです。
レベルが低いもの同士が疲れてコントロールの利かない技を出し合って組手をすれば、怪我の確率が高くなるのは容易にわかると思います。

レベルが上の者同士であっても本稽古後に組手をするのは薦められません。
上級者同士が稽古後にする組手は「軽くやろうか」というものが多く、自由組手であっても力をセーブしたものが中心となります。レベルが高いので怪我の心配は少ないのですが、本人たちの為になりません。なぜなら、軽い組手を長い時間やっていることで、ガードが甘くなるからです。軽い技の攻防だと受けなくても大丈夫という安心感から、身体で受けてしまう場合が多くみられます。しかし、きちんと技に反応して受けなければ悪いクセが付いてしまいます。
実際の試合では一発もらったことが試合の流れを決めてしまうこともよく見られることなので、ブロックの甘さは命取りです。

もし本稽古後に動き足りないという場合の為に
選手向けレベルの居残りメニューを一つ挙げておきましょう。

全身ジャンプ 30s×4set
更にハードにしたい場合は間に拳立て30×3setを入れたサーキットとして行なう。

これでもまだ足りないという人(オリンピック選手級?)は、2クールもやればいいんじゃないでしょうか。
それでも10分くらいで終わります。

このたった10分に全力を注いで完遂できない人は

まだそのレベル ってことです。

つまり
まだまだ本稽古でやらなければならないこと
ヤマほどある
ということです。


inserted by FC2 system