パンチの威力と


背中の筋肉


背中の筋肉が重要と言われるわけ
 パンチの威力を増すのに背中の筋肉が重要であるというのはよく言われることですが、それをキチンと説明している技術書は見かけたことがありません。(科学的に「おかしい」説明をしているのはいくつか見掛けたことはありますが・・・)
 経験的にわかっていることであっても、なぜそうなのかがわからなければ背中を鍛える意欲も湧かないと思います。

 腕を前に押し出すのに使われる筋肉は主に大胸筋で、後は肩の三角筋、二の腕の後ろ側の上腕三頭筋が使われます。鍛える方法はベンチプレスなどの腕を前に押し出す動きに負荷を掛けるものが中心となり、パンチを出す時の腕の動きと重なります。

 なので、普通に考えれば、直接的にパンチ力を上げようとするのならパンチを出す時と同じ方向の動きでトレーニングした方が効率が良いのです。

 まず押さえておかなければならないのは、筋肉は縮む時に力を発揮するものであり、伸びる時に力が入るものではないということです。
 パンチを出す時には前面の筋肉が収縮して、背中側の筋肉は伸ばされていることになります。当然、パンチ力を増すのに背中は直接には関与していません。

 背中の筋肉を鍛えるには懸垂やベントオーバーロウなどの引く動きのトレーニングを行ないますが、引く動きですからパンチ力を上げるのに効果はありません。

 つまり背中を鍛えるトレーニングは直接的にはパンチ力を上げるトレーニングではないのです。
 では、なぜパンチに背中の筋肉が重要だと言われるのでしょうか。
 そして、背中の筋力を上げるトレーニングは必要ないのでしょうか。

 筋肉の仕組みをよくわかっていない人の書いた技術書で、鞭で弾くようにして引いた方がパンチ力が上がるのだ、などと書いていることがあります。だから引く力が重要になるという論法なのですが、弾くようにして引くことでパンチに鋭さは加わりますが、それはフリッカージャブなどで肘関節を使ってパンチを振って出す時に言えることであり、言わばパンチの切れに関する要素であって、威力のある突きを出そうとするなら、与えるエネルギーからしても目標を打ち抜いた方が大きなパワーが出るのが当然です。

 問題は引く速さではなく、当たるまでのスピードです。
 どんなにパワーのあるパンチでも遅くて押すようなパンチでは相手にダメージを与えられません。そしてスピードが2倍になれば当たった時のエネルギーは4倍になるのは物理の法則です。
 つまり、同じ筋力(パワー)を持っているなら、速いパンチの方が威力が大きいというのはわかってもらえると思います。

 筋収縮のスピードは概ね筋力の強さに比例しますから、本来は筋肉が大きいほど威力のあるパンチを出せるはずです。

 ところがボディビルダーのように大きな筋肉を持っていてもパンチに威力の無い人が多いのは、筋肉を大きくするトレーニングではゆっくりと動かす動きを中心にやっていることが多いからです。筋肉を速く動かすことに慣れていないと言えるかもしれません。
 筋肉をゆっくり動かすとどこに力を入れているかが意識しやすいので筋肥大を狙うトレーニングではゆっくり動かすことが多いのです。

 なので、ボディビルダーのパンチはそれほど速くないことが多く、筋肉がデカくても効かないと言われるのです。
 せっかく大きい筋肉を持っていても打撃には生かされないことが多いので、「あんなものはワタだよ」と言われたりすることになるのです。

 更に、共縮と言って拮抗筋同士が同時に収縮することで動作のスピードが落ちます

 10の力を持つ筋肉であっても、拮抗筋が同時に反対側への力で引っ張っているとしたら、外に発揮される力はに過ぎないことになり、当然その分パワーは下がり、威力が落ちます。
 パンチのフォームで効率的に筋肉を使えるようにするには、ウエイトトレーニングだけでなく、シャドウや空突きなどを行い、正しいフォームで動作を繰り返して筋肉収縮のタイミングを身体に覚え込ませる必要があるのです。

 それによって、筋肉の共縮をできる限り少なくして技のスピードを上げることができるのですが、その時に拮抗筋の力が弱いと肉離れを起こす原因ともなります。
 ハムストリング(腿の裏側)で肉離れを起こしやすいのはこのためです。急激なダッシュをした場合に、地面を強く蹴って太腿前面の筋肉が収縮し、ハムストリングが一気に引っ張られ、それに筋力がついてこないと筋断裂を起こしてしまうのです。

 同様に、思いっきり力を入れてスピードに乗せたパンチを繰り出そうとしても、その腕をしっかりと引き留める背中の筋肉が強くないと体は怪我を防ぐために無意識に出力をセーブしてしまいます。

 これが強いパンチを打つ時に背中の筋肉が重要と言われる理由です。

 前面の筋肉が最大限で収縮した後、緩んでいた背中の筋肉を一気に収縮して腕を止めないと、肉離れしたり、関節や靱帯を痛めることになり、そこまでではなくともパンチにパワーを乗せることができないのです。

 この理屈がわかっていないと背中を鍛えるほど強いパンチが出せるなどという勘違いをしてしまうことになり、無駄なトレーニングをしてしまうことになります。

 背中の筋肉が強くないと前面の筋肉のパワーを生かした速いパンチを出せないこととなり、そのためにパンチ力が上がらないのであって、背中の筋肉を付けるだけではパンチ力は上がりませんから、シャドウなどでその筋肉が収縮するタイミングを身体で覚える必要があるのです。

 重要なのはスピードのあるパンチを出すことで、そのスピードに乗った腕を引き留めるのに背中の筋肉が必要となるのです。

 ボクシング等で空振りした方が体力を使うというのは、パンチが当たれば腕を引き留める筋力を使わないで済むのが、空振りした場合はスピードの乗った腕を引き留めなければならない為、背中の筋力を使うことでエネルギーを消耗してしまうからです。

 以上のことから、威力のあるパンチを出すためには背中側の筋力が重要になるので、パンチの威力を増すためには背中の筋肉が重要だと言われるのです。


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