誤審について
判定をひっくり返すのは正しいことか?
先日、ある大会に行ってきました。
そこで少し残念な出来事があったので、それについて少しここで述べたいと思います。
関西ではわりと大きな連盟に属する大会で、審判も各流派から派遣された人たちが協力して運営されている大会でした。
主催道場の先生の人柄もあり、会場の規模に比べて非常に多くの参加者が集まったため、会場内は熱気でうだるような暑さでした。観戦しているだけでシャツの色が汗で変わるくらいですから、審判をされている先生方の疲労は相当のものだったと思います。
そのせいかどうかはわかりませんが、多くの観客の前で不可解な判定の逆転がありました。
それは大会も後半になってきた頃の、あるクラスの決勝戦の出来事です。
延長戦までもつれ込み、判定のコールで赤2−1白と、赤の選手の勝ちが決まったかに見えた時です。白の選手のセコンドに付いていた先生が主審に食って掛かりました。
「何で今のが赤の勝ちやねん、何を見てるや!決勝戦やぞ、よく見ろ!」
細かいニュアンスは違っているかもしれませんが、このような事を怒鳴っていました。要は、自分の方の選手が勝っているということを主張しているのです。
この試合は三審制(主審と副審2名)の同時挙げ方式で行われている為、判定を取ると同時に観戦している人にも勝ち負けがハッキリとわかるやり方を採用しています。
以前に主流であった、副審が旗を挙げた後に主審の判定をコールするやり方だと、見ている人からは何か別の要素で判定が変わっているのではないかと疑惑をもたれることが多かったからです。それをなくすために同時挙げという方法が取られ始め、少年部の大会では主流になりつつあります。
私個人の意見を言えば、副審の判定が出揃った後に、判定が割れた時には副審の判断を踏まえた上で主審としての判定を下すというのは、主審の持つ役割、権限としてあっていいと思っています。しかし、主審自身の気持ちの上での負担を減らす意味では、同時挙げの方がスッキリするように思います。
今回の試合では同時挙げにより副審の判断が赤と白に分かれ、主審は赤を優勢と見て2−1の判定結果が出た、ということです。それは各審判個人が持つ良心に従って判定され、そこには贔屓(ひいき)や柵(しがらみ)といったものは存在していなかったと思います。
しかし、白の先生にとっては我慢できない不服な結果だったのでしょう。
困った主審は主催者の先生に意見を聞きに行きました。事情を聞いた主催者がマイクで行った説明によると、
「決勝戦には再延長が認められているにも関わらず、マスト判定を取ったことが間違いであったので、引き分けもありで再度判定を取ります。その判定で差が出れば、もちろん結果は決まります。」
というものでした。
主催者として、この場の収め方としてはベストなものだったと思います。
再判定の結果、主審、副審三者とも引き分けで再延長戦となりました。
これは順当な判定でしょう。
私は本戦、延長もそれほどしっかり見ていたわけではないので、次の再延長戦でどのような判定が出されるのか、試合内容をじっくりと見させてもらいました。
結果、3名全員が白に挙げ、判定がひっくり返ってしまったわけです。
最初の延長戦での結果に白の指導者が納得できないということで抗議があったのですが、私はその内容をよく見ていなかったので、見ていたウチの道場生にどのような内容だったかを聞いてみました。
「白が押している感じがありましたが、体格差がある中でしっかりと打ち合っていたということで赤に上がったんじゃないでしょうか。」
とのことでした。
確かに赤と白の選手は明らかに一回り体格が違います。
判定でマストとなった場合、どちらかに旗を挙げなければならない時に、審判はそれぞれに持っている判定基準で判断を下します。
一般的に、判定を取る基準としては、
○体勢で相手を押している。
(相手が場外に押し出されるなど)
○手数が多い。
(難易度の高い技を多く出している、下段よりも上段への蹴りが多いなど)
○技がヒットしている。
(効かなくても相手に技が当たっている、技有りにならなくてもマスクを蹴りがかすめているなど)
○気合が出ている。
以上のようなものが判定の材料となります。
そして今大会ではこの基準の優先度はルールに明文化されていません。
つまり審判個人が全ての要素を考慮した上で、判定するということです。
マスト判定という手法が取り入れられる前は、フルコンタクト空手では体重判定という形を取ることが多くありました。顔面パンチ無しのフルコンルールでは体重差が大きなハンデになるというのが共通理解としてあるからです。
それがマスト判定というものに変わった時に、体重差を乗り越えて戦った内容を含めて判定を考えたとしてもおかしなことではありません。
おそらく一度目の延長戦での判定で、赤(小さい方の選手)に旗を挙げた審判は体格差を考慮したのだと思います。
その審判の持つ判定基準と、白の先生の判定基準が違ったとしてもそれは仕方のないことです。たとえ自分の判定基準から見て違う結果が出たとしても、それに対して上記の様に「何を見てるんや!」などと抗議をするのは明らかに間違っています。
ルールに基づいて行わなければ試合は成り立ちません。
更に言えば、パンフレットに載せている試合規約では、「審判に対して明らかな抗議がなされた場合」は失格であると明記されているのです。
この場合にルール違反をしているのは白の先生の方です。抗議した時点でルール上では白の選手が失格となります。
しかし、再延長を行うとしたのなら、それまでの経緯は別として、その試合自体はキチンと判定しなければなりません。
そして、再延長の判定では3人の審判全員が白に旗を挙げました。
私はこれがおかしいと思っています。
なぜなら、試合内容はほぼ互角だったからです。
内容が互角ならマスト判定なのだから、どちらに挙がっても仕方ないではないか、と思われるかもしれません。
確かに、僅かながらも白の選手の方が押していたように思います。他に何もなければ私もマストならば白に挙げていたかもしれません。
しかし、再延長1分間の短い時間の中で白の選手は何度も相手を抱え込んで主審から注意を受けながら、また繰り返して「反則注意1」を取られているのです。
「反則注意2」で初めて「減点1」なのだから、判定には関係ないと言われる方もいるでしょう。しかし、再延長でのマスト判定ということを考えれば、口頭での注意に留まらず「反則注意1」を取られているということを、判定材料に入れない方がおかしいのではないでしょうか。
「減点」ではないとしても、反則として宣告されているものを取り返すほどの攻勢があったとは思えません。
普通の本戦ならば間違いなく「引き分け」の内容でしょう。
1度目の延長戦も同じような試合内容だったのではないかと思います。
そして、おそらくは1度目の延長では体重差を越えて戦ったことを評価した審判が、それまでの自分の判定基準を変え、相手を押していることを判定基準の上位に持ってきたというだけでなく、マスト判定で「反則注意」を考慮しないというのは、抗議によって判定を変えたと言われても仕方ありません。
試合に来ていた子供の保護者から
「今の結果を子供にどう説明すればいいんですか?」
と言われました。
我々指導者にとって一番返答に困る質問です。
ウチの師範代は
「だから誰からも文句の出ないくらい相手を叩きのめすんだ。」
と子供の道場生に答えていました。
確かにその通りなんですが、小学生にそこまで求めるのもちょっと酷な話です。
今回、判定に抗議をした先生は、現役時代はかなり活躍された方で、空手の実力もあり、試合を見る目にも間違いは無い方だと思います。
その先生が抗議されたのですから、おそらくは最初の延長戦の判定はそれだけ納得のいかない内容だったのでしょう。
しかし、試合場で抗議して判定を覆すようなことをしてはいけません。
大会要項にも判定への異議は一切認められないと明記されています。にも関わらず、今回の様にコートの横で見ていた人間が判定に口を出し、結果的に覆ってしまうというのは、どう考えても良いものではありません。
それが、たとえ誤審のように思えたとしてもです。
誤審になってしまいそうな場合で、きっとこれは審判の勘違いだと思える時には声を掛けるのも良いでしょう。
しかし、判定に食い下がってはいけません。
もし、判定に納得できないものがあったとしたら、後で主催者に異議を申し立てるべきです。
皆が見ている前で公然と声を挙げ、判定をひっくり返すようなことをしてはいけません。
オリンピックでも柔道で今回から判定にジュリー(審判委員)制度が導入され、試合結果がひっくり返った事例がありました。
その方が正しく判定できてよいという人もいますが、スポーツの試合で人間が判定をしている限り、判断のミスはあります。
それが故意のものであれば許されることではありませんが、審判が真剣に見ている結果だとしたら、それを含めて試合の結果は受け入れなければならないものです。
そうでないならスポーツの大会自体が成り立ちません。
相撲には「物言い」という制度がありますが、それは「行司が審判ではない」からです。スポーツに物言いのようなジュリー制度を取り入れるのはよくないという人も多く、それならすべてビデオで判定しろという人もいます。
この辺の事はまだ議論の尽くされていない部分なので、絶対にこれが正しいというものは決まっていない状態ですが、現在のところでは「審判の判定を優先する」というのがスポーツの在り方として正しいように思います。
そしてルールに則った審判委員(ジュリー)制度であっても、このように判定がひっくり返されるのがスポーツの試合としてよくないと言われているのですから、コートの外で観客として見ている人間の抗議で試合がひっくり返っていいわけありません。
再度言いますが、たとえそれが誤審であったとしてもです。
空手の大会で、本来なら副審4名を入れて5審制で行えばミスジャッジも減るに決まっていますが、大会運営を行う上で無理な場合があります。
今回も会場を6コートに分けて同時進行で試合を進めていました。そうしなければ参加人数をこなすことができないからです。コートが増え、試合数が増えるほど審判に必要な人数は増えていきます。審判を割り当てる人数から考えても3審制は仕方のないものです。
自分の試合はすべて5審制でミスジャッジがないようにしてほしいというのなら、全日本大会などの大きな大会にだけ出ればいいのです。もちろんその為には予選の試合もありますから、予選では「誰が見ても文句のない」勝ち方で上がって行くしかありません。
小さな大会で5審制を求めるとしたら参加費は倍以上掛かると思ってください。大会主催者はできるだけ保護者に負担のない金額で子供たちに試合の場を提供しようと思って努力しているのです。
大会に出るということは、主催者にそういった大会運営の費用調達をお願いする代わりに、試合の進行・運営に関してはすべて委譲するということです。
それがスポーツの試合というものです。
たとえ武道であっても「試合」を行う時には、スポーツとしてそこでのルールを守らなければなりません。それは競技自体のルールのみならず、大会自体のマナー的なものも含まれます。
それが守れないなら試合に出るべきではありません。
稽古だけしていればいいんです。実際にそういう道場や流派もあります。
けれども、大会に出て他流の選手と交流を持つことで得られるものはとても大きいと思います。ですから試合へ出るにあたっては、審判の判定には従うといったスポーツとしてのルールを守って欲しいと思います。