覆面効果


マスクについて


使う上での注意
 最近、マスクを着用する人が増えています。以前からも着用している人はいましたが、スギ花粉アレルギーの時期か、風邪でセキがひどい場合に使うのがほとんどで、これほど多くの人が普段からマスクを着けるようになったのは、新型インフルエンザの流行が言われだした頃からだと思います。

 外国では街中でマスクをしている人を見掛けることはほとんどないそうです。マスクをしていると、どんな重病に冒されているのかと思われて避けられてしまうからです。

 風邪の時に着けるマスクの本来の役割は、セキやクシャミで病原菌を撒き散らさないようにするためのもの。つまり、他人に移さないようにするために着用するものです。

 ところが最近は、風邪を移されないようにするため、つまり予防するつもりで着けている人が多いようです。マスクを着用しているとウイルスが体に入るのを防いでくれているような気がするのでしょう。

 また、アレルギー物質を取り込まないために花粉の季節はマスクが手放せないという人も多くいます。マスクのメーカーも鼻と口だけでなく、頬からアゴの辺りまで覆うようなマスクを次々と開発し、販売しています。
 花粉などを防ぐアレルギー対策には間違いなく有効ですが、実は風邪やインフルエンザなどのウィルス性の感染症予防には、マスクはほとんど役に立ちません。なぜなら、ウィルスの大きさに対して、マスクの生地の目の大きさはほとんど素通りできるくらいに粗いからです。

※一般的な不織布マスクの隙間は5マイクロメートル。
インフルエンザウイルスの大きさは0.1マイクロメートルです。
例えて言うと、マスクの隙間の大きさを2メートル四方とすると(人間でもダダ通りですね)、インフルエンザウイルスの大きさは4cmのピンポン玉くらいです。

 単に「着けていると安心」という気分を得るためだけに着用している、と言ってもいいでしょう。
 確かに最近のマスクは開発が進み、感染予防に役立つレベルのものも販売されてはいますが、その分高価になるので、そのレベルのものを使用している人はごく稀でしょう。

※N95(医療用)と呼ばれるもので、私が見たものは60枚で8100円もします。しかも基本的に1日使い捨てで、取り外しの際には表面に触らないなどの注意が必要です。

 けれど、マスクを着けている事による心理的安心感は確かにありますから、まったく意味が無いということもありませんが、科学的に考えればかなり無駄な事をしているわけです。

 心理的にでも安心できるのなら、別に使っていてもいいじゃないかと言う人はいるでしょう。勿論、その通りなのですが、マスクを着けることによる弊害(マイナス面)の方が大きいのではないかと私は考えます。

 風邪を引いている時のマスク着用はマナーですが、そうでない時にマスクをしているのは、逆にマナーに反する事があります。マスクを着けることで相手に対して失礼になる事があるからです。

 風邪でもないのに普段からマスクを常用している人は、人に自分の顔を見られるのが恥ずかしいと思っているようです。素の自分を見せるのは恥ずかしいけれど、マスクをすることで自分とは別の人格の仮面を被り、その別の人格が他人とコミュニケーションをとっているように感じる事で、ようやく安心して人と接する事ができるのでしょう。それが度を越してしまうと、マスクをしているのは本当の「自分」ではないからと、人に対して平気で失礼な事ができてしまうのです。

 最近では、入試の際にもマスクをしたまま受験する人が多いので、本人確認をするためにマスクをはずしてくださいとわざわざ放送を入れなければならないほどです。
 また、女性が近くのコンビニへ買い物に行ったり、ちょっとゴミを捨てに出る際に、わざわざメイクするのが面倒だからとマスクをする人も多いようですが、マスクで表情を隠してしまうとまわりとのコミュニケーションが取れなくなってしまいます。

 知らない人とコミュニケーションなんかとらなくても良いと思っている人も多いようですが、街中を歩くだけでも他人とすれ違う事はあります。知らない相手であっても、その際に軽い会釈などでお互いに道を譲ったりする事で円滑な社会生活が行なわれていくのですが、その時にマスクをしていて表情が読み取れないと、他人とスムーズに意思の疎通が図れません。

 つまり自ら平和な社会生活を放棄しているようなものなのです。

 社会生活を営むという事は、個人の好き嫌いとは関係なく行なわれるべきものであり、行なわれなければならないものです。自分の都合や便利さだけで他人とのコミュニケーションを取らないというのは「社会人」として失格なのではないでしょうか。

 マスクをしていると当然ながら表情が読み取れません。着けている人はそれが目的なのかもしれませんが、社会生活を営むというのは周りの人間と交流を持つ事であり、交流するときには、文字通り相手の顔色を見ながら気持ちを読み取ったり、空気を読んだりするわけです。そうやって他人と協調して生活していく事が、社会人として必要とされることです。

 マスクをするということはそのコミュニケーションを自ら放棄している事になり、円滑な社会生活を送るのは嫌だと宣言しているようなものです。
 それでは、その社会の中で孤立してしまっても仕方ありません。

 マスクとは、その字の如く自らの表情隠すものであり、表情どころか自分が何者であるのかさえ、隠そうとするのがマスクなのです。

 まさにそれを目的として使用するのが、銀行強盗やデモを行なう人たちであり、マスクをするという事は、自分が何者かを相手に知られたくないという意思表示になります。
 そんな意思表示をしている相手と仲良くやっていこうとあなたは思いますか?

 もちろん、上に挙げたように正当な理由があるという人もいるでしょう。しかし、「正当な理由がある」というのは自分側の理屈であり、いくら正当性を主張したとしても、マスクをしているあなたに対する世間から(回りから)の評価はその通りではありません。 自分の素顔を見せずに相手に良い印象が与えられるのか、ということをよく考えてみてください。

 まわりからどう思われたとしても自分のやり方を通す、というのは一見聞こえはいいですが、その内容が、決して曲げられない自らの主張を貫くというほどのものではなく、周りの社会常識から外れた事をしているだけだとしたら、そんなものにこだわっているのはただの変人でしかありません。

 普段から(まっとうな)意味も無くマスクをしている人は、今一度、社会全体の中で自分がどう見られているのかを考えてみるべきではないでしょうか。


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