ヘッドギアについて


マスク無しのヘッドギアを使う理由

 ミレニアムカップでは安全面への考慮から頭部にヘッドギアを着用させています。他の大会ではヘッドギアの前面にプラスチック製のキャッチャーマスクみたいなものや、金網のようなガードを装着しているところも多くありますが、ミレニアムカップでは前面にガードの無いタイプを使用しています。その理由を次の三つの視点から述べてみたいと思います。

1、「安全性と精神力」  2、「試合での公平性」  3、「空手」に対する認識

安全性と精神力

 まず第一に、着用するヘッドギアを 何のために使っているのか、ということです。
上段への蹴りによるダメージを軽減するために使うという考え方もありますが、より重要な役割として、転倒した際に後頭部を床にぶつけてしまうのを防止するために使用しています。
 外傷的なケガは見た目はハデでも、そんなにたいしたことはありません。口を切ったり、鼻血が大量に出たりすると大騒ぎになることがありますが、そんなものは数日間で治ってしまいます。ところが脳に損傷を受けると、場合によっては重い後遺症が残ることもあります。そういった重大な事故を防ぐ目的として少年部の大会ではヘッドギアを着用させているのです。けっして上段への蹴りの威力を減少させるのが第一の目的ではありません。蹴りによる脳へのダメージを防ぐ目的が無いとは言いませんが、転倒して後頭部を強打することに較べると、たとえ蹴りがヒットした場合でも、少年部のパワーと体重ならばそのダメージは心配するほどのものではないでしょう。
 ですから顔面の保護を一番の目的としてヘッドギアを着用しているわけではないのです。

 では逆に前面ガード付きの防具を試合で使用する利点を考えてみましょう。
  • 転倒時に後頭部を守るだけでなく、前面からの蹴りに対してもケガを防ぐことができる。
  • マスクを付けている事で恐怖感が減り、思い切り試合を行なうことができる。
  • 突きが流れて上段に入った場合にもダメージが少ない。
  • そのため反則で試合が中断することが減り、大会の進行がスムーズになる。

    以上のようなものでしょうか。

     確かに安全面だけを考えれば、マスク付きの方がケガが少なくなるように思えます。しかし、このことについてはルールと安全性との兼ね合いを考えなければならないでしょう。
     まず蹴りによる上段への攻撃に対しては、安全性と技術向上とのトレードオフの関係にあり、大会によっては少年部の上段への蹴りを一切禁止しているところもあります。しかし上段への蹴りは難易度が高いことから、「受けられない方が悪い」という考え方が主流であると思います。
     次に、手による顔面攻撃に関してですが、これをすべて受けきるのは無理であり、怪我をする頻度と安全性から考えて、フルコンタクト空手では上段への手による攻撃を禁止しているところがほとんどです。
     つまり、顔面殴打はあくまでも「反則」であり、その反則でのケガを防止するためにマスク付き防具の使用を優先するというのは本末転倒であるということです。これは、その大会がどのような目的を持って開催されているのかという事とも関係してきます。つまり、選手にどういった経験を積ませるために試合を行なっているのか、ということです。

    スポーツとして「安全最優先」でいくのか、
    空手道として「精神面も鍛えるのか」という点です。

     いわゆる極真ルールと呼ばれるフルコンタクトカラテルールは、手による顔面攻撃を禁止した素手・素足で戦うルールです。競技者のレベルによってサポーターを着用したりすることはありますが、基本的には何も付けずに「直接打撃」するものです。自分の拳が相手を殴り、また自分も殴られるからこそ相手の痛みを知ることのできるという優れた利点を持つルールです。
     そして顔面への手技を禁止したことで、多くの人が競技に参加できるスポーツとして認められるようになったと言えます。一般社会の中で生活している人間にとっては顔面パンチを認めたルールは少しハード過ぎて、日常の生活の一部として普段から行なうのには少しハードルが高いと言えるでしょう。それに顔の腫れなどが社会生活の上で困るのはもちろんですが、何より脳へのダメージが心配されます。

     蹴りでも頭にダメージを受けるではないかと思われるかもしれませんが、蹴りを上段にヒットさせることは技術的にも難しく、手による顔面攻撃がある場合に較べるとその頻度はとても低いため、蓄積されるダメージの量がまったく違います。
    また少年部は体重が軽いこともあって蹴り自体のエネルギー量が少ないので、頭に受けるダメージは小さくて済みます。

     何より相手と殴り合う競技には、試合自体に恐怖が付きまといます。ところがボディプロテクターやマスクを使用すると、相手と自分との間に一つの層ができ、恐怖心が薄れます。
     手や足のサポーターなどは不必要なケガを避けるために着用させていますが、特に顔の前にガードのある無しは、相手と向かい合った時に受ける恐怖心がまったく違います。子供たちにはその恐怖を乗り越えて戦って欲しいと思っています。

     もちろん顔面への突きは反則です。しかし、試合中に技が流れ、顔面にパンチが入ってしまうことはよくあります。他の大会では一度目が反則注意、2度目は減点1というところが多いようです。しかしミレニアムカップでは反則の基準がとても緩やかで、2度目だからと一律に減点してしまうようなことはありません。それは次の理由からです。

     試合時間が終了した時点で内容が互角であれば当然、減点のある方が負けに決まっています。ところが他の大会では「減点1」があるにもかかわらず、試合内容が互角の場合には引き分けの判定が下される場合がほとんどです。

     これでは結局「殴り得」になってしまっているのではないでしょうか。

     ミレニアムカップでは顔面殴打の場合、「注意」が何度も出されます。もちろん故意に反則した場合には減点もありえますが、多くの場合、子供たちは自分の限界で必死に戦っているので、自分の技をキチンとコントロールすることができないのです。またそれとは別に、相手が飛び込んできたとか、顔を下げてしまった場合に当たってしまう場合もあります。それらを一律に「突きが顔に当たった」ということで反則・減点にはしていません。 完全なアクシデントと、自分を見失って犯してしまう反則とは区別されるべきだと思います。

     ただ、完全なアクシデントであったとしてもダメージがあまりにも大きくて、しばらくの回復時間を与えても試合を続行できない場合は、反則を犯したほうが失格となりますが、勝者はそれ以降の試合が棄権となります。そうしないと軽い反則で大げさに痛がり、試合続行不可能で勝ちをもらいながら、次の試合では元気に戦っているというケースが見受けられるからです。そんな勝ち方を覚えた子供はどんな大人になっていくのか心配でなりません。
     以前の空手家は、自分の教え子がたとえ相手の反則で殴られても、痛がっていたら
    「痛そうな顔をするなッ!」

    と一喝したものでしたが、最近では親や指導者の方が痛そうにしていた方が得だ、などと言っている場合があります。

    いったい何のために空手を習い、大会に出ているのでしょうか。

     たとえ痛くても、続けられるのならば最後まで諦めず、頑張る気持ちを持つ事の方が、大会で上位に入ることよりもずっと重要なことです。相手の反則であっても自分が諦めたらその大会ではそれで終わりだ、と覚悟して立ち上がるのか、それとも諦めてしまうのか。そこに精神的に成長できるかどうかの違いが表れてくるのです。

     試合を続行してそのまま有効打も無く試合が終了したら、その反則も含めて総合的に判断して判定が下されるべきです。
     つまり、反則した側がそれを挽回できるほど相手を攻め込んだかどうかが判定材料として考慮されるべきだということです。
     自分で技をコントロールできず、顔面へ当ててしまう子供の方は、気持ちで負けている場合が多いですし、逆に、激しく打ち合っても顔面へパンチが流れない子供はそれだけ精神的に強いと言ってよいでしょう。そのあたりも含めて判定が下されるので、「反則」を取らないからといって、けして判定で不利になることはありません。

     マスクの前面にガードがないと、顔面に直接攻撃が当たるという「怖さ」があります。  ルールでは顔面パンチが禁止されているといっても、マスクを付けることによって直接殴られる恐怖感無しで戦うのと、いつ顔を殴られるかわからないという恐怖を乗り越えて試合するのとでは、精神的なプレッシャーは大きく異なると思います。

     またエキサイトしてくると自然に相手の顔を殴ろうとしてしまうのは本能的なものだと思います。しかし、そこで「ルールを守る大切さ」を肝に銘じ、自分を抑えることを学ぶことがとても重要な修行になると思っています。

     また最近の少年部の試合を見ていると相手に頭を付けて打ち合う姿がよく見られるようになってきました。大会でけっこう上位に入る選手にそんな傾向がよく見られるのですが、その理由としてはルールに適応して戦っているということが挙げられます。
     フルコンタクトルールでは掴みや引っ掛け、抱え込みなどを禁止にしている場合が多く、さらに少年部では上段への膝蹴りが禁止になっている場合がほとんどです。
     試合はルールの中で戦うものですから、そのルールに適応していくのはある程度仕方のないことだとは思います。
     しかし、一般部になると大会でも上段への膝蹴りは可能になりますし、さらに護身技術的に考えても相手に頭を付けて打ち合うなどということは有り得ません。
     そのような大会ルール「だけ」に特化した技術を身に付けても、「空手が強い」と胸を張って言えないのではないでしょうか。

     大人の大会では頭を付けて打ち合うのは何年も前から反則とされるようになり、そんな戦法を取る選手はほとんど見かけなくなりました。
     ところがその戦法が今、少年部で「勝つ技術」として広まっているようです。
    大人の大会ではもうほとんど消え去ったような大会のためだけの技術が、少年部で広まっている原因の一つに
    マスク付きヘッドギアの使用が挙げられると思います。
     頭を付けて打ち合っていると、意図しなくても顔に頭突きのように当たることが多く有ります。顔面にカバーのないヘッドギアだとダメージが大きく、試合を止めて回復の時間を取る必要があったり、場合によっては負傷のせいで試合続行が不可能な場合もあります。もちろんバッティングした側には反則が与えられます。
     ところが前面にマスク付きヘッドギアの場合は、ダメージが少ないのでそのまま試合が続行され、その形のまま試合が終了した場合に、攻めている方(つまり頭を付けて押している側)が優勢として、判定で勝つ場合が多いのです。
     試合を円滑に進行したいという大人の都合と、少年部特有のルールによる特性が重なって、頭を付けたまま打ち合うスタイルで勝ち上がる選手が出てくるようになったのでしょう。
     頭を付けることで相手の技を出させないようにし、押し込んでいくことで試合を有利に運ぼうという戦術ですが、マスクをゴンゴンぶつけて下を向いたまま突きを出し、相手を押し下げていくだけの姿には技術の進歩があるようには思えません

    更に言えば「カッコよくない」と思います。

     ルールで禁止されていなければ試合に勝つためにその戦術を取ろうとする選手が出てくるのは必然的なことでしょう。一般部でも「相撲空手」と批判されることにより、ルールで禁止されるようにならなければ、今でもそんな戦い方をする選手がヤマほどいると思います。

     ルールで禁止されなければ有効な戦術としてその戦法を取る選手が増え、それによって技術の発達が阻害されてしまう。そのことに一般部で気付き、反省の上に訂正されてきたことが、少年部で許されていいわけありません。
     逆に勝つことだけにこだわる戦い方をさせるのは、少年部ほど厳しく戒めなければならないことです。

     以上の理由から、ミレニアムカップでは前面にガードのないヘッドギアを使用しています。
     もちろん大会を重ねていく中で変更されていく部分はありますが、現時点ではこの形で大会を運営していく予定にしています。

     2、「試合での公平性」 へ続く


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