スポーツとしての対応と


反則後の対応


武道としての対処
 先日、女子部の道場生Eが出た試合でこのようなことがありました。

 けっこういい試合内容で、お互いが激しく技の応酬を繰り返していた時のことです。上背で勝るEのパンチが相手の顔面を捉えてしまいました。

 まだあまりフルコンタクトでの試合に慣れていないEは、殴ってしまった瞬間「あっ!」といった表情になり、動きが止まってしまいました。

 ちょうど審判の位置からは死角になっていたようで、審判からのブレイクは掛からなかったので、セコンドに付いていたK師範は「止まるな!攻めろ!」と指示を叫んでいましたが、Eの方は顔面を殴ってしまったことにうろたえてしまい、当然、反則が与えられるものと思って、動きが止まってしまいました。

 試合は続行されているため相手はそのままどんどん攻め込んできたので、何とか気を持ち直して試合終了まで戦いましたが、反則パンチを受けたにも関わらず、痛そうにみせる反則アピールなどもせずに攻め続けた相手に旗が揚がり、試合は負けてしまいました。

 試合後K師範から、「試合中に審判が反則を取らなかったら、ラッキーだったくらいの気持ちでそのまま続行して攻めないと勝てない!」と叱られていました。

 本人は、「相手の顔を殴っているのに平気な顔をして試合を続けられない!」と言っていましたが、この場合、どういった対応を取るのが正解だったのでしょうか。


 まず、一番正しい行動をとったのは勝った相手の選手でしょう。
 試合後、挨拶を交わした時に話を聞くと、
「空手には本来顔面攻撃もあるのだから殴られる方が不注意なのだ。」
 と、さらりと言ってました。

 彼女は支部長として後進の指導にもあたりながら大会にも挑戦を続けている方で、「私は自分の師範からそのように教わってきました。」と、こともなげに話していました。
 最近、中々見ない「おっとこ前」(失礼!)な方です。

 反則パンチを食らっても痛そうな顔をせず、平然と試合を続行する態度には頭が下がりますが、では、反則した側はどうすればよかったのでしょう。

 ここに中京大学でスポーツ倫理学を教える体育科学博士の 近藤良享 氏の書いた記事(毎日新聞)があります。
 この中で近藤氏は「スポーツで優劣を競い、勝利のために努力する中で、フェアプレーの必要性に気づいてほしい」と述べています。

 武道であってもルールを決めて試合を行なっている時点で、それはスポーツです。ただし「空手はスポーツだ」と言っているのではなく、「空手の中の一部分をスポーツとして行なっている」という意味です。ですから、スポーツとしてやっている時には「スポーツマンシップにのっとった」プレイをしなければいけません。

 けれど、試合中にしてしまった反則を認め、その上で相手に勝てるよう努力するというのは何より重要ですが、記事にもあるように「審判をあてにしても、選手の競技力は向上しない」のです。

 ですから、今回の件で言えば、反則「された側」が試合を続行するのには武道の見地から何の問題もありませんし、むしろ讃えるべき態度だと思います。しかし、反則「した側」が、「審判が何も言わないから無かったことにしておこう」というのは、スポーツマンシップから外れていると言えるでしょう。

 もう一つ新聞記事(毎日新聞)を挙げておきます。

 スポーツマンシップとは、「自らの非を認めつつも相手をたたえて手を握る。その他者を尊敬する態度」であると述べています。
 つまり、大事なのは「他者を尊敬する態度」であり、自分側の気持ちは重要ではないということです。

 反則をしてしまった場合でも、今回のように相手がそれを全く意に介せず続行してきているのならば、その時は相手の意思を尊重すべきで、こちら側が試合を中断させるのは逆に相手に対して失礼な態度です。

 申し訳ないという気持ちは持ちながらも試合中は全力で相手と戦い、試合後に反則をしたことを謝罪すればよいのです。

 私自身の体験ですが、ある大きな組織の全日本選手権に出た時、試合の攻防の中で私の蹴りが相手の金的に入ってしまったことがありました。蹴った瞬間にファールカップに「ガツン」と当たった感覚があり、私も「しまった!」という思いに捉われました。

 蹴られた経験のある方はわかると思いますが、ファールカップを付けていてもその衝撃には耐え難いものがあります。
 その痛みを知っているだけにやってしまった側としては申し訳なく、インターバルを挟むだろうな、と思ったのです。

 ところが相手は何事もなかったかのように続行し、攻めかかってきました。私の方もそれなら、と懸命に戦ったのですが、その勝負に掛ける意気込みの違いでしょう。判定で負けてしまいました。試合後に相手のところへ行き、反則の蹴りが入ったことを謝ったのですが、相手は責めるわけでもなく、「よくあることですよ。」と言ってました。

 おそらく彼の美学として、スポットライトを浴びている試合の壇上で股間を抑えてうずくまるようなことはしたくなかったのでしょう。本当に動けなくなるくらいであれば仕方ないとしても、試合が続行できるのであれば反則アピールなどせずに戦い続ける方がよっぽど武道家らしい態度だと言えるでしょう。
 彼はその時はまだ無名でしたが、後にチャンピオンとなり、そのテクニックは各方面からとても高い評価を得るほどになっていった選手です。

 この相手に「急所を蹴ったからどうぞインターバルを取ってください」なんて言うのは、それこそ僭越というものです。
 自分側の気持ちだけで相手にストップを掛けたとしたら、そこに「他者を尊敬する態度」はないと言ってもいいでしょう。

 自分側の都合や理由ではなく、相手側の立場で物事を考えるというのがこのような場面で必要なことであり、今回の場合で言えば、相手が試合を続行しているのですから、こちらもそれに合わせてしっかりと試合に取り組むべきであって、それが相手を尊敬するということなのです。

 反則パンチを受けた時に審判に止められるのは当然だとしても、その相手の方から試合を止められるのは、「ダメージがあるみたいだからインターバルを取ってあげます。」と言われてるようなもので、上から目線で情けを掛けられているように感じるものです。

 ですから、少々ダメージがあったとしても試合は続行しますし、たとえ、それで負けてしまったとしても、その方が自分の中ではやりきった感覚があって、清々しい気持ちになるのではないでしょうか。

 けれど、大概は、それくらい気持ちで優っている方が試合内容でも勝っているものですけどね。

 今回の試合でもやはりそうでした。当会の師範が厳しい注意を与えたのもそういった気持の部分を言っていたのであり、別に反則を薦めているわけではありません。

 試合においては、正々堂々と、そして相手への敬意を持って全力で、です。


inserted by FC2 system