反則を行なう意識


話題になった事件から
 少し前、ボクシングの世界タイトル戦である選手が反則を繰り返して話題になったことがありました。
 マスコミの反応も大きく、その後しばらくの間、その問題に関する特集が組まれ、いろいろな視点からの報道がなされてきました。帰国した外国人レフェリーの国にまで追いかけて行き、インタビューしているものもありましたが、そのレフェリーはチャンピオンが投げられそうになった時には思わず手を出してしまい、そうしなければチャンピオンはケガをしていただろうとコメントをしていました。

 もちろんボクシングで投げは反則であり、チャンピオンが投げに対応した練習をしているはずがありませんから、もしかしたら大ケガにつながっていたかもしれないというのに間違いはありません。
 ただ、相手がレスリングや柔道の専門家で、その技術を駆使して投げたのであれば大ケガすることはありえると思います。しかし、一般人であっても転倒した時には無意識に受身を取るものであり、ましてや世界チャンピオンになるくらいの人であれば運動能力は発達しているはずですから、もつれた挙句に投げられたくらいで、大ケガするほど無防備に床へ叩きつけられるとは思えません。

 このシーンは反則行為がわかりやすいため、メディアでもその写真が大きく報道されていましたが、本当に悪質でもっと重大な意味を持つ反則は別にあったのです。
 血の気の多いヤツがエキサイトして相手ともつれ合ったら、投げ飛ばしてしまうというのはある種本能的なものですし、気持ちが前に出すぎて頭から相手に突っ込んでしまうとバッティングの反則になることもあると思います。

しかし、ボクシングの中で一番危険で、卑劣な反則は「サミング」です。

 拳全体をひとつの塊にしたボクシンググローブで唯一、独立している部分が親指です。その親指部分を相手の目に押し込む、いわば「目突き」がサミングです。
 最近ではサミング防止の為に親指も縫い付けられているグローブが開発されたりしていますが、タイトルマッチのような大きな試合ではまだ採用されていないようです。

 空手の場合は指先の貫手を使って目を突くので、その危険性は誰でもわかるのですが、ボクシングの場合はグローブという大きなクッションを介した上、地味に押し込むだけなのでそれほどたいしたことがないように思うかもしれません。

 やる方もグローブという道具を介して行なうことで、相手の目に指を突っ込むという非人道的なことを、それほどの罪の意識を持たずにやっているようです。

 素手でそんなことができるヤツは正に「人非人」です。

 けれどやっていることは同じです。グローブを付けていても目に与えるダメージはとても大きなものです。

 先の事件の検証番組の一つに、このことについて元世界チャンピオンのI会長が、ジムの練習生のデモを交えて解説している番組がありました。

 先のタイトルマッチでの反則事件では投げのシーンが印象的なのでよく使われていましたが、I会長が取り上げたシーンはこのサミングの場面でした。
 粘土を使ってサミングの威力を示した上で、自分がやられた時の経験を語っていましたが、それによると1.5あった視力が0.1まで低下したそうです。

 クリンチからもつれ合って倒れている時にレフェリーからは死角になる位置でサミングを行なっている写真を示していましたが、これが表わしていることは明らかに故意にサミングという反則を犯しているということです。

 この反則は傍からの見た目は地味で、激しく血が流れ出したりすることがないので一般的にそれほど注目を集めることは少ないのですが、受ける被害はボクシングの試合中のみならず、引退した後の社会生活にまで影響を及ぼすものです。

 「試合」なのですから、してよい反則というものはもちろんありませんが、それでも人としてやっていいことと悪いことがあります。

 夜道で暴漢に襲われて自分の命に危険が迫っているような場合ならいざ知らず、お互いが決められたルールの中で競うことを約束しているスポーツの試合の中で、身体に障害が残るような反則を知ってて行なうのは人として最低です。

 世界戦で反則を犯した選手はマスコミや世間から袋叩きのごとき扱いを受けましたが、そのことで逆に才能有る若い選手の将来をつぶしてはいけないということで、マスコミが騒ぎ過ぎだと擁護する人も現れました。しかし、私が問題にしたいのは単に世界戦という大きな舞台を反則で汚したということだけではないのです。サミングという危険な行為を大勢の前で平気で行なったその感覚が問題だと思うのです。サミングはわかりにくい反則なので気付いた人も少なかったかもしれませんが、そのスポーツの世界チャンピオンを決めるという場でそんな反則を行なっていることが、他に与える影響の大きさを考えてもらいたいのです。
 このことについてマスコミが責めるのに責めすぎるということはありません。 何しろ「ワザと」相手の目の中に指を押し込んでいるのですから。
 擁護した人達は、自分が、または息子が、スポーツの試合で目に指を「ワザと」突っ込まれて失明したとしても、その反則をした選手を責めるマスコミに「責め過ぎだ」と言えるのでしょうか。

 スポーツのルールは守らなくてはその競技が成り立ちません
 必死になって勝とうとするあまり、無我夢中でやってしまう反則というものは仕方がないと思いますが、それでもやってしまった場合にはペナルティーが付いてきます。
 スポーツをする上で一番大事なことは追い込まれてしまっても反則をしない自制心を養うことであり、精神的に強くなることが何より大切なことなのです。 その意味で言えば今回反則をした彼は、彼自身の為にもチャンピオンにならなくてよかったのだと思います。  今回起こした内容を深く反省し、人間性も高めた上で再度チャンピオンを目指してもらいたいと思います。

 しかし、マスコミのほとんどが、単純に「世界戦で反則をした」ことと、「ボクシングの試合で反則をした」ことを批評しているばかりなので、その反則の内容についてまで彼が反省しているのかどうかわからないんですけどね。

 その点で言えば、やはり元世界チャンピオンのI会長の視点はさすがです。彼とは直接の面識はないんですが、私の同級生の弟がI会長と仲がよかったらしく、家に遊びに来た時に顔を合わせたけど、きちんと挨拶のできるいい子だったという話を聞いていたので、個人的にもI会長のファンです。

 それにしてもやっぱり問題はオヤジにあるのだと思います。けれど親子だけに離れるわけにはいかないでしょうから、これから彼がどれくらい自分自身を見つめることができるのかが復活の鍵でしょうね。


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