武道の必修化


本当に必要なものか?
世の中に蚊ほどうるさきものはなしぶんぶといふて夜も寝られず

これは文武両道を奨励した寛政の改革を風刺した狂歌で、作者は蜀山人と号した大田南畝である。

今年も非常に暑く、ただでさえ寝苦しい夜が続きます。寝ようと思っている耳元で蚊が飛び回っている煩わしさはわかってもらえると思いますが、文武両道などと声高に叫ばれると、いくら中身が素晴らしいものであっても、同じく少し鬱陶しいものです。

2012年度から中学校1、2年で武道が必修化されます。少子化が進む中で競技者拡大にも繋がると、武道関係者の間では期待されているそうですが、本当に歓迎されるべきことなのでしょうか。

一部の武道関係者が政府や官僚に働きかけて実施にまで漕ぎつけたようですが、自種目の利害関係のみに目を奪われてはいないでしょうか。

オリンピックの競技種目への追加と同じで、競技が普及することと、武道として中身が充実することは比例しません
たとえば柔道はもはや世界的には「JUDO」という種目のスポーツに過ぎず、武道性は関係ありません。レスリングの技を使って勝ち進んでも、チャンピオンになれば賞賛されます。オリンピックは「スポーツの祭典」なんですからスポーツの一種目として考えればそれでいいのかもしれませんが、武道として考えるのならば、それでいいわけありません

競技化を推進することで自種目の競技人口を拡大することにしか目が行かないような団体に、武道だからといって精神教育を期待するのは、そもそも無理があるのです。

心の教育というものが叫ばれ、武道精神を教育現場で活用させたいという声はあちこちで耳にします。
確かに武道の精神を子ども達へ伝えていくというのは必要なことかもしれません。しかし、それを学校の授業として必修化するというのはどうなのでしょうか。

武道の持つ精神性や、武術性はすべての子どもたちに知っておいてほしいものではありますが、義務教育の中で強制するというのにはあまり賛成したくありません

武道というものは自らが望んで学ぶべきものですから、現代社会が武道に対して期待するものが、義務教育の中で必修としてやらせても効果が上がるようには思えません。

それに、いわゆる「お上」から偉そうに「やりなさい」と言われるものほど鬱陶しいものはありません。

競技としての普及と、子どもたちに武道精神を修得させることをゴチャ混ぜにしてはダメでしょう。

しかも、新学習指導要領では、武道の授業は柔道、剣道、相撲の中から選択すると定め、他の武道は学校や地域の実態に応じて選択することができると位置付けられています。

柔道、剣道が武道ということに異論はありませんが、その他の武道は学校や地域の実態に応じて選択することができると一括りにされているのに対して、相撲が柔道、剣道と並んで武道の中に入れられている事に違和感を感じるのは私だけではないと思います。

相撲に関わる人の中には「相撲道」などと呼称される方もおられますが、厳密に言えば相撲は芸能に区分されるものであるというのは、専門的に研究されている方なら自明のことです。

もちろん自分がやっているものに精神性を付加し、武道性があると主張するのは自由ですが、それは野球を「野球道」と言うのと同じレベルのものであり、いくら精神の発展に効果が認められたとしても、野球を武道の中に入れるというのはおかしいというのはわかってもらえるのではないでしょうか。
相撲を武道の範疇に入れないというのはこれと同じ考え方です。

武芸十八般と呼ばれるものであれば、武道と称してもそれほど違和感はないように思います。これは、古来、武士と呼ばれた人たちが身に付けるべきものとして修行されていたものであり、現代においては一部のマニア的な人以外にはあまりなじみのない種目もあります。これらは「武術」ではありますが、それらを含めて「武道」だとしても、相撲は武道に含まれないように思うのですが、世間ではどのように受け取られているのでしょうか。

また武道と呼ばれるものの中でも、マイナー競技となる種目は今回の武道必修化を契機に広く競技を広めようと、いろいろ取り組んでいるようです。

記事によれば、全日本なぎなた連盟では武道の必修化に向けてのプロジェクトチームまで組んでいるそうです。指導者のいる中学校を連盟がチェックして、その学校の校長に授業で採用してもらえるようアピールし、男女別、年齢別での指導法の確立、指導者派遣に対して応えられる体制を取れるようにするためだそうです。

確かにそれまであまり身近でなかった種目を実際に経験することで、もう少し専門的にやってみようと思う人が増えるかもしれません。これを機に自種目の普及を図ろうとする団体の意気込みもわからなくはないですが、現代においてその種目の競技人口が少ないということは、今の人たちにとってその種目が魅力的ではないということです。
やりたいことを自由に選べる現代で、その種目を選ばないということは、やはり何かしら理由があるのだと思います。
もちろん、知らないから人気がない、知らせることでやる人が増える、という理屈はわかりますが、そこに義務教育での強制というやり方を取るのは正しいやり方とは言えないと思います。
自らの武道の特長を、本来の意味で魅力的にする努力をしないで、学校での必修化で競技人口の増加を図るなどというのは、浅ましいとしか言えません。

どんな種目であれ、武道が広く一般に普及していくことはとても望ましいことだと思いますが、その方法を誤れば、武道自体の価値を下げてしまうことにもなりかねません。我々、武道関係者はそういったことも踏まえて、自らの武道を磨き上げていく必要があると思います。

参考 毎日新聞「あしたのかたち スポーツ21世紀)」より

世の中に蚊ほどうるさきものはなしぶんぶといふて夜も寝られず 文武両道を奨励した寛政改革を風刺した狂歌 作者 大田南畝(蜀山人) 毎日新聞「あしたのかたち スポーツ21世紀)」 [武道の必修化] 少子化が進む中、12年度から中学校1、2年で武道が必修化される。 競技普及のきっかけになり、競技者拡大にも繋がると期待されている。 しかし、新学習指導要領は武道の授業は柔道、剣道、相撲の中から選択すると定め、他の武道は学校や地域の実態に応じて選択することができる、と位置付けている。 全日本なぎなた連盟では武道の必修化に向けたプロジェクトチームを組み、競技団体として取り組む。 指導者のいる中学校を連盟がチェックし、その学校の校長に授業で採用してもらえるようアピールする必要がある。男女別、年齢別での指導法の確立や、指導者派遣も求められる。 国体実施競技の再編でなぎなたは13年の東京国体から隔年実施となった。 2008年の全国中学生大会の参加者は229人で過去最小。 全国高校体育連盟のなぎなた専門部に登録している人数も、過去10年で最小の1401人(175校)


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