好きであればこそ


楽しい空手


自己実現
「会長・・・」
「なんや?」
楽しい空手をありがとうございます。」

 八月の初め、連日、猛暑が続く中、汗ダクで稽古を終えて道場を出た時に一人の道場生が私に声を掛けてきました。

 実はその道場生は、自分の思う空手と私の指導の方向性の違いから一度は退会したのですが、再度、当会で空手を続けたいと頭を下げてきたので、再入会を許可したばかりだったのです。その道場生の昔からの友人も当会で空手を続けていて、一緒に稽古できたという事もあったのでしょうが、空手をして汗を流すということ自体が「楽しい」と思えるというのは素晴らしいことだと思います。

 気が遠くなりそうな暑さの中、道着が絞れるくらい汗をかいて、相手を殴り、自分も蹴られ、痛い思いをしながらも「空手が楽しい」と言える。みんながそこまで空手を好きになってくれたらと思います。

 私は、空手は「自己実現」だと思っています。自分自身の限界を確かめ、更にその先へ一歩進めることで人として成長していける武道であると思います。

 ところが、まだ考えが幼い間はそのように考えられる者は少なく、しんどい事や痛い事のみに目が向くと続けるのがイヤになってくるようです。個人的な好みの問題もありますが、空手の本当の価値に気付かないまま辞めていく者が多いのは本当に残念です。

 空手で得られるものには単なる肉体的な強さだけでなく、人としての成長に価値があると思います。
 ですから、大人、子供に関係なく、できるだけ多くの人にとって空手が楽しいものであってほしいと思います。


 私は空手が好きだからやっているのであり、自分自身がやるだけでなく、教えた道場生がうまく、強くなっていくのが楽しいから指導しています。

 好きなことをやるのは楽しいから続けられるのです。好きでなければ、楽しくなければ、殴られ、蹴られ、痛い思いをする空手を続けられるわけありません。

 つい先日、テニスのウィンブルドン大会で敗退した選手が、「テニスなんて楽しくない。お金のためにやっているんだ。」と発言して連盟から200万円もの罰金を受けていました。

 実際、彼にとっては「楽しくない」テニスをしている事に辟易して、そのような発言をしたのでしょう。楽しくはなくても能力的にテニスに向いていたのでお金のためにやる。それはそれで仕事の一つの選択肢として構わないでしょう。我々の回りにも生活する費用を稼ぐためにイヤな仕事をやっているという人はゴマンといます。
 しかし、彼は「プロ」としてテニスで収入を得ているのであり、スポーツのプロが収入を得られるのは、その選手を見た人達がそのプレイに憧れ、そんな選手になりたいと夢見る事で、そのスポーツをお金を出して観るから「プロ」が成立するのです。
 その夢を壊すような発言をするのは「プロ」として失格ですし、その発言のせいで200万円もの罰金を科されたわけですから、「お金のためにやっている」目的からも外れてしまっています。

 以前にも述べたことですが、空手が好きでないなら、やっていて楽しくないのなら、別に空手をする必要はないと私は思います。
 けれど、好き嫌いに関係なく、空手をやることで身に付く事には人として必要不可欠なものがあるのではないでしょうか。そして、やり続ければ必ずその良さがわかる時が来ると思っています。
 けれど、どうせなら空手をやることで「楽しい」と思えるほど空手が好きになれれば最高なのにと思いますし、そう思ってもらえるよう指導していきたいと思っています。


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