応急手当について

  1. 応急手当
  2. 救急法

1、応急手当

 以前、グローブをつけての試合中にこんなことがありました。
当会の選手の出番がすぐ後に控えていたので、コートのすぐ横で試合を観ていた時です。
 その選手は相手の強烈なパンチをもらってKOされ、意識を失ってダウンしました。すでにパンチをもらった時点で意識がなくなっていたようで受身も取れずに倒れ、後頭部を打ったかもしれないという時です。
 幸いにも試合場は安全マットが敷かれていたので、大事には到らないと見えましたが、倒れた選手が痙攣(けいれん)を起こしていました。レフェリーや副審がすぐに集まり、大会ドクターを呼べと言っていた時です。
 相手方のセコンドに付いていた、恐らくは道場の師範か先生だとは思うのですが、コートの中に飛び込んできて、

「棒、棒っ!オラッ早く持って来んかいっ!」

と叫んで、副審の旗の棒を倒れた選手の口に突っ込んでいました。

 その人は
「どんなもんや、オレの素早い対応のおかげでたいしたケガにならずに済んだ」
といった態度でしたが、実はその人が取った対応で悪くなることはあっても、良い結果を生むことは何も無いのです。たいしたことが無く済んだのはたまたまラッキーだったに過ぎません。

 一般の保護者や子供たちからすると
「すばやい対応だ。さすが指導者だ。」
という風に思って見ていた人もいるかもしれませんが、救急法を知っている人からすると「何を知ったかぶっていらんことをしているんだ。」と苦々しく思っていた人もいたのではないでしょうか。
 痙攣しているから舌を噛まないように何かをくわえさせるというのは、一見正しい応急処置に思えるかもしれません。しかし、きちんと救急法の講習を受けていたならば、それは一般に流布している思い込みに過ぎない、誤解されている応急手当の仕方なのだと気付いたはずです。

 問題は指導者に当たる人が「自信満々」でこのような間違った応急手当を行なうことで、そのやり方が広まってしまうことです。
 今回はたまたま何事も無く倒れた選手も意識を取り戻しましたが、別の大会の場で同じような状況に出くわした時、今回の対応を見た人が同じような応急手当を行い、もっとひどい状況を引き起こしてしまう危険が無いとも限らないからです。
参考までに、この方法のどこが間違っているかを以下に解説しておきます。
     けいれんで舌を噛むことは、まずないそうです。
    口の中に詰め物を無理にすることにより、かえって口の中を傷つけたり、今回のように硬いものを口に突っ込んだりした時に歯を破損してしまう場合があります。
     また柔らかいものならいいだろうと、タオルを噛ませたりすることがありますが、無理に口の中に物を入れると咽喉の反射作用によって嘔吐を誘発し、さらに口に物が入っていることによってそれが吐き出せず、誤嚥して肺に入ったりすると肺炎を起こしたり、窒息の原因となったりしてたいへん危険です。
     しかも、万一舌を噛んでしまうとしたらそれは痙攣が始まった直後だけですので、物を噛ませるころにはその処置はもう遅いのです。最初に舌を噛んでいない限り、無理に口を開かせる必要はありません。もし舌を噛んでいたとしたら一度口を空けさせて噛んだ舌を避けるようにした方がよいかもしれませんが、本人が舌を噛むことで致命的な重症に至る心配もほとんどありません。けいれんを起こしている間は、できるだけ刺激を与えないようにし、吐いてしまった場合に気管に入らないように顔を横向きにします。
     そして痙攣中は呼びかけたり揺さ振ったりしてはいけません。痙攣が長引く原因になります。
     一番気を付けなければならないのは意識を失って倒れた際に頭をぶつけたりすることなのです。
(ネットで「応急手当 痙攣 ものを噛ませる」等で検索してもらえれば、詳しい情報がいくらでも手に入ります。)

 最近では公共施設にはAEDが設置されるようになっていますし、それを使ったおかげで助かったという事例も何件か報告されています。指導者であればAEDの正しい使用法くらいは知っておくべきでしょう。

 空手はケガをして当たり前だと思っている指導者も多く、フルコンタクトの場合は直接殴ったりするのですから実際ケガをします。そして痛みを知ることで他人の痛みも知ることが出来るようになり、小さなケガや痛さに対しては順応して強くなるということはあるのですが、そのことと、指導者が正しい応急手当を知らないということは別の問題です。

 ケガをする可能性が高い種目だからこそ、指導者が正しい応急手当を心得ておくことは必須のことだと思います。
昔からの経験だけに頼った手当てをしているとケガを悪化させてしまう場合があります。熱射病などでは最悪の場合、死に到ることもあるのです。

 指導する側は大事な子供を預かるのですから最低限の応急手当ては学んでおく必要があります。
 逆に保護者の方は、その道場の指導者が安全管理についてどれくらい注意を払っているかは知っておいたほうがいいと思います。
 直接空手と関係のないことなので気が付きにくいことですし、聞きにくいことでもありますのである程度見分ける方法を書いておきます。
  1. 道場に入会する時に保険に加入しているかどうか。
    意外に思うかもしれませんが、どうせたいしたケガはしないだろうとタカを括って保険に加入していない道場は驚くほどたくさんあります。もちろん保険ですべてがまかなえるということではないのですが、保険にさえ加入していないという意識の低い指導者が、正しい応急手当てを知っているとは考えにくいです。
  2. 稽古場に救急箱が用意されているか。
    稽古場所によっては事務室に準備されている場合も多いのですが、簡単な手当てが出来る用意はしておくべきです。バンドエイドさえも用意していないようでは安全管理への意識が低いと言わざるを得ません。
  3. ケガをした時の対応に間違いはないか。
    鼻血を出したくらいでどうしていいかわからないような様子だと、知識の無いのは明らかですが、自信満々に間違った応急手当をする指導者は結構います。
    これについては見る側にも正しい知識がないと判断が出来ないので、自分もある程度は応急手当について知っておくべきでしょう。
    (ちなみに鼻血の時に上を向いて首をトントンやってはいけません。)

2、救急法

 身近で応急手当を学ぶ方法としては、まず消防署が行っている救急法の講習会があります。事故や災害の場合に救急車で駆けつけてくれる救急隊員の方たちから生きた救急法を学ぶことができます。

 もう一つは、日本赤十字社が行っている、救急法の講習会です。
簡単な2時間ほどで終了する講習から、丸一日の講習を一週間掛けて行い、その後にテストに合格することによって救急法救急員の資格が与えられるものまであります。

 これらの講習を受けておくことは、空手の最中のケガに対応するだけでなく、日常生活の中での不慮の事故にも対応することができるようになりますので、受けておいて損は無いと思います。

 スイミングスクールやテニススクールなどのプロとしてスポーツ指導を行なう資格を発行している組織では、指導者に救急法救急員の資格取得を義務付けているところも多くあります。

 ちなみに私は日赤の救急法救急員の資格を取っていますし、消防署の行なう救急法の講習も終了しています。

 以上の救急法を学んだからといって、すべてに対応できると過信してはいけません。我々はあくまでも一般市民であり、119で救急車を呼んだりして救急隊員や医師に引き渡すまでに悪化させないようにするだけなのです。キチンとした診断はドクターに任せるべきです。素人判断を下してはいけません。

 ただ我々指導者は、この道においての経験があることで、ある程度の判断を下すことがあります。それは医療の世界で言うところの「臨床経験」とでもいうものでしょうか。  お医者さんであっても救急医療の現場を経験したことのない人は、患者の状態を的確に判断できない場合があります。私の知り合いで全国レベルの大会で大会ドクターを務めているお医者さんがいますが、その方が次のように言っていました。
「大会ドクターを務めるようになって、最近やっとダメージの大きさというのがわかるようになってきました。反則パンチをもらって倒れていても、単に痛いふりをして休んでいるのか、本当にダメージを受けているのかの違いがわかってきました。」と。

 我々実践者からするとそんなものは一目でわかることなのですが、専門家の医者でさえ何度もそういった事例を目にしなければ判別の付かないことがあります。

 試合中のケガの場合は、そのケガからのダメージだけでなく、それまでの試合の流れによってヤル気が失せてしまうこともあります。「全力でやって限界だったのだから、ケガをしたからもうムリだ。」と自分に言い訳してしまうのです。そうするとそのケガのダメージがよりいっそう重く感じられ、動けなくなってしまうものなのです。 もちろん、ケガによるダメージがあるのに違いありませんが、それよりも気持ちの方が先にダメージを受けているのです。

 そのあたりの判別に関して言えば、医者よりも我々の方が的確に判断できる場合が多いでしょう。

 ただし、表面上はたいしたことが無いように見えても大きな怪我が隠れている場合がありますので、最終的な判断はドクターに下してもらうべきなのはいうまでもありません。 要はその時の状況に応じた適切な処置が取られているかどうかです。

 先に挙げたKO時の正しい対応は、大会ドクターが試合会場にいるのですから、ドクターの到着を待って看てもらうことが最善の方法であったということです。ドクターが近くに居らず、到着までに時間が掛かるような時に初めて応急処置を試みるべきであり、思い込みの自分勝手なやり方は慎まなければなりません。

 何よりも指導者であるならば、応急手当に関しては正しい知識を常に学ぶ意欲が必要であると思います。自分の時はこうやって大丈夫だったから、などという意味不明の経験主義大きな事故を招きます。
 保護者の方も正しい救急法を知っておくことは、自分の子の安全を守ることにもなりますし、普段の家庭生活でも役に立つことですから講習などがあれば受けておかれることをお勧めします。


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